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うみすとりぃ

〜うみねこやの歴史〜

《2000年》 KAJa!出演・立川との出会い・さらに・・

 

 ダメもとで応募したKAJa!(関西アカペラジャンボリー)の合格通知。ストリートやアカペラ公園の出演経験しかない私達が、いきなり遠征、しかも数千人規模の人前で歌うなんて・・・。もう、完全に舞い上がってしまい、当然、ステージ上でも舞い上がってしまい、結果は大変なことに。。ははは・・。
 でも、このKAJa!で得たものはとてつもなく大きかった。まずはスバラシイ出演者達の演奏を次から次へと目の当たりに出来たこと。うみのレパートリー をポップス方面にも広げることに成功したこと。場が人を成長させるとはまさにこのことでしょうか。人前で表現することの奥深さを学んだと思います。

 立川市の鈴木さんとの運命的な?出会いをしたのもこの年。
街の音楽祭(アーティストライブ)に応募して歌っていたところを、企画担当の鈴木さんが見つけてくれたのです・・。立川市とアカペラの出会いはまさにこの瞬間でした。今や立川はアカペラとは切っても切れぬご縁となっていますが、全て鈴木さんのお陰なんです。。
 
 さらにこの後、Decks東京ビーチ、溝の口Popolo、グランベリーモールなど、公共の場所で歌う機会に恵まれ、ギャラをいただいて歌うことの責任を感じ、ステージを作ること、お客さんに楽しんでもらうということに、これまで以上に真剣に取り組んでいくようになりました。

《2001年》 Break Station出演+ 阿佐ヶ谷との出会い
 

こ の年、うみは東京駅の情報発信基地「Break」という場所で行われるライブの出演資格を幸運にもゲットしました。1361ものパフォーマンスグループが 応募し、最終的に出演のライセンスをゲットしたのはたったの41組!合格通知をいただいた翌週に早速出演依頼があり、8月5日、第一回目のBreak Station Liveとなったのでした。この日から3ヶ月に一回程度、このBreakで歌うことになります。翌年もありがたいことにシード?でライセンス権をいただき、2年間、東京駅がうみのホームグラウンドに。。

 また、阿佐ヶ谷という街に出会ったのもこの年。阿佐ヶ谷JAZZ STREETという街をあげての大イベントのメインステージで歌う機会をいただき、以来阿佐ヶ谷には色々とお呼ばれするようになりました。うみ以外にもアカペラバンドが続々とこの阿佐ヶ谷で歌うこととなり、立川に続き第2の「アカペラの街」誕生といったところでしょうか。。

 他にも、あのTime Fiveの代理?で
晴海トリトンスクエアで歌わせていただくことができ、なんとTime Fiveのメンバーに聞きに来ていただいたり,,二子玉川や柏の高島屋で クリスマスライブをさせていたき、高島屋とのお付き合いが始まったのもこの年でした。。(ただ、高島屋のライバルデパート「そ○う」のテーマソング (I'ts a small world)を思い切り高島屋で歌ってしまい、二子玉川の広報担当者にはちょっと睨まれてしまった・・)

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